脱日本人宣言!

こんにちは。Karoです。


「脱日本人」を宣言してしまったけど、わたしはそもそも、ブラジル人で10歳の時まで住んでたし、ブラジル家庭で育った。


が、実は日本人より日本人とよく言われるw


あ、ちなみにわたしは日本も日本人も大好き!!


そんなわたしだけど、脱日本人して、ブラジリアンになろうと思う。
理由は、それが私と日本にとってベストな選択だと思ったからのと、そのほうが自分らしくなれると思ったからです。


小さい頃からインプットされる間違った一般常識



わたしたちは、小さいころから、ホンネとタテマエの文化の中で生き、学校でいい点数を取る=頭がいいと判断され、人に迷惑をかけることだけはするなと言われ、和を乱す人いれば、その人は問題児扱いされる。


日本の教育はいいところもたくさんあるかもしれないけど、残念ながら一人一人の子どもが持っている個性を引き出すような教育とは言い難い。


そこのどこが、問題かというと、一人一人が本来持っている個性を無視し、社会の理不尽で暗黙なルールに適応するための教育、そこからはみ出してしまった人は、社会から取り残されてしまう・・・。


自分なんてダメな人間だと自己否定し、最悪自殺します。


わたしが日本人より日本人と言われる理由



わたしは、ブラジル人だけど、長年そういう教育を受け、それに染まった1人。

実は、私に限った話ではなく、いわゆる「日系ブラジル人」といわれている人たちというのは、マジメな人が多く、今の日本人よりも日本人らしいと言われることが多い。


1908年(明治41年)から100年間、13万人以上の日本人はブラジルに移民として渡ったそう。わたしのおじいちゃんとおばあちゃんもその中にいました。その時代の「日本人らしさ」がそのまま受け継がれるわけです。よくも悪くも。


わたしの家族はまさに!その定型!
昭和初期の日本人のまじめさや勤勉さがあって、控えめで、もうそれが取り柄。
何も、それを否定しているわけではない。時代背景が違うからね。

私の親もそうだったし、当然、子どももその影響を受けるので、わたしもブラジルにいるときから、比較的、控えめでまじめな性格だった。


でも、それが日本に来るとね、


THEまじめ!になった。



小4のときの話。
私はみんなが授業をやっている時に、言葉もわからないし、字も読めないから、みんなと違うことをやってたの、ひらがなの練習とか。当時の私にとってただのお絵描きw ←まじでw


理科の時間とかに、みんなが理科室へ移動するために席を立って、教室を出ても私は全く動かず、ひらがなの練習を続けていたらしい。w
自分一人教室に取り残されても、全く違和感を感じてない。 感じろだろ、普通。w

そこで、後日先生が母に言うんだよね。

みんなと同じように行動するように。
そしてルールは守るように。
ブラジルはそうでも、日本はこうだから合わせるように。と


そんなことだらけで、ここはこうして、ああして、こうしたらこうする。
本当に丁寧な先生だったわけです。

まじめだったわたしは、もちろんその通りに動きました。


そして、とにかく!みんなと一緒にならなきゃ!追いつかなきゃ友達ができない!認められない!いじめられる!と思ってしまったから、追いつくように一生懸命努力した。


だけど、その中で気づかないうちに、人の目を必要以上に気にするようになり、「空気を読む」ことに敏感になり、自分の意思や自分らしさが失われていた。


でも振り返ると、そのおかげで、日本語も上達できたし、得たもの多くあったから、先生には本当に感謝してるし、その全ての出来事のおかげで今の自分がいるのだと心から思う。


それに、本来自分の中にちゃんとあったブラジリアンの側面や、何事にも縛られない自由な発想、明るさ、自分らしさ。わたしはそれを貫く勇気がなかっただけで、誰かのせいにすることはできない。



わたしが、自分らしさを押し殺していたことに気づき始めたのは、社会人になってから。4年間、組織の中で仕事して、無理やり社会に溶け込もうとする自分の癖に気付いて、それがわたしの子ども時代からあったことに気付いて、本当のわたしは、自由で、明るくて、自分らしく生きたいってことに気付いた。


これからの時代は多様性重視!



よく考えると、1000人いれば、1000通りの生き方、考え方があるのに、1000人が1つの社会に適応することは、簡単じゃない。


30人いるクラスに、一つの教え方で30人が同じように理解することのほうが普通じゃない。少し考えればわかることw


小さい頃から、わたしたちの頭の中にインプットされる、社会の理不尽な暗黙のルールに従う必要なんてない。


個性があるから、面白い。そういうみんなの個性が生きる世界に住みたい。


むしろ人と違うことを選び、タテマエという言葉を辞書から消して、本音だけで生きる。本音で付き合える人とだけ付き合っていく。


これからは、はみ出したもの勝ちの世界!


だって、みんなみんな本当は自分を表現したいし、人の役に立ちたいし、自由に生きたい、前進したい。この地球にこれだけの生き物がいて、この自由は人間にだけ与えらている。これってすごいことだと思う。


だから、人間に与えられた選択の自由、発想の自由、無限の可能性を生かして、生きることをわたしは選びたい。

今日はこの辺で。読んでくれてありがとうございます。


Karoより♡

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