人をゆるす、自分をゆるすということ

こんにちは。Karoです。


このブログは、誰かに向かって書いているようで、本当は自分自身に書いてるようなものです。


今日は、まぁ、今まで以上に独り言っぽいことかもしれませんが、「ゆるす」について考えてみました。


うつわ広い人の1番の特徴であると思っています!


「正義」と「ゆるす」は両立しない


小さい頃から、よく言えば正義感の強い人間で、感情をコントロールできず、相手になんかされた時、とことんと謝れるまでケンカして、理不尽なこと言われたら、とことんと理屈で反撃して、まさに


やられたら、やり返す!倍返しだ!!!!(←古いねw)


まぁー白黒がはっきりしてなきゃ嫌!!で、正しいか間違ってるかが判断の基準だったんだけど、そんな私が、人をゆるすという偉そうなタイトルをつけている場合じゃないのはよーくわかってます。


何様?だとw


私の経験上、「正義感」と「ゆるす」ことは、両立しないことが多いんです。



正義感というものは、人によって違うんだよね。


一般的な正義、自分にとっての正義、相手の正義、


それを持つこと自体は、全然いいけど、どうしてもそういう尺度があると、相手をそれによって測ろうとします。そして、当たり前なことに、必ずしも一致しないわけです。


人は自分自身の「正しい」がわかってる場合でも、そうできないときがある。


日々、失敗し、学び、失敗し、学びのくり返しを毎日生きているから。


見えているものは完全じゃなくて、人間は「完全」に近づこうとして、失敗をくり返す。そして、その失敗によって学び、「完全」に近く。うん、この話は長くなるからまた今度にして、



何が言いたいかというと、目に見えている姿は完全じゃないから、対人関係において、それぞれが違った尺度を持っている時、お互いにゆるせないような状況があらわれるのは、当たりまえなことです。



だから、正義感と人をゆるすことは両立しないことが多い。


なぜなら、ゆるすために、今まで大事にしていた「正義」を無視しないといけないからです。



人をゆるすより、自分をゆるすことのほうが難しい



そして、私が思うのは、人をゆるすことよりも、自分をゆるすことのほうが難しい。


わたしたちは、他人を変えることができない。唯一変えられるのは、自分自身。


相手が自分に対して言ったこと、やったことは変えられないんです。



でも、その解釈を変えるなら、できます。



コップに入ってる水を、「半分も入ってる!」と思うのか、「半分しか入ってない!」と思うのかの違いです。わかりやすく言えば。



だから、人をゆるすか、ゆるさないのかは、相手は関係なく、自分の問題になる。


謝られたかどうかとか、反省したのかとか、一切関係なくなる。


自分の問題として、受け入れたとき、私たちはいくらでも、現状を変えられることができるということ。


そして、「無条件」に人をゆるすことができるようになる。


無条件に人を受け入れ、ゆるすことのできる人が、本物のうつわの広い人だと思う!!!(まだまだほど遠いw)



でもね、それが自分自身ってなると難しい!!


過去の自分をゆるせないとか、ダメな自分がゆるせないとか、自分自身のことだから、自他を区別できないんだよね。だから、難しい。



そして、人をなかなかゆるせないとか、よく嘘をつく人とか、自分自身をゆるせてないことが多い。(Karo調べ)



だから、ダメな自分を無理やり肯定するんじゃなくて、とことんと受け入れることがいいと思う。


とくに、「嘘」は、無理やりな自己肯定の1番わかりやすいパターン。



向き合うことは、とても勇気いるし、簡単じゃないけど、ダメな自分をゆるせたとき、人を見る目が変わります。優しくなれます。



そんなことだから、逆に人に嘘をつかれたら、傷つくことはありません!



それは「あなた」の問題じゃなくて「嘘をついた人」の問題なので!w



愛の表現っていろいろあるけど、「ゆるす愛」はその中でも、かなりレベルが高い。


まぁ、放つ愛が一番究極ですが。


一生かけて、勉強する課題ですね。これは。深すぎる。


まぁ、こんなことを偉そうに書きましたが、これは自分メモですね♡


最後まで読んでくれてありがとうございます!!

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