置かれた場所じゃなくて、自分が選んだ場所で咲きなさい。映画「ちょっと今から仕事やめてくる」を観て思ったこと

少し前だけど、映画「ちょっと今から仕事やめてくる」を観に行ってきた!


半分、社会勉強のために!


というのも、私はブラジル人で、ブラジリアンな家庭で育ったため、パワハラや過労で自殺を図ろうとする心理が理解できない。



原作も読んだけど、やっぱり!!
この映画は、ブラジルだったら、誰も理解できないと思う、うん。



ブラック企業で悩んでいる人いるなら、ぜひ見て欲しい映画です!!



ご存知の通り、海外には「過労死」という言葉なくて、


翻訳できないから、”KAROSHI”ってそのままになっているっぽいけど、



パワハラ、過労に耐えられなくて、自殺するなんて、もはやフィクションとしか思えないレベルだったりする。


本当に!!思うのが、


なぜ、仕事をやめるじゃなくて、死を選ぶのか?


仕事をやめるより、死ぬ方が簡単なのか?


うん、ブラジル人の私にはどう考えても理解できない。



でも、考えてみると、これは”右ならえ”の教育から生まれる自己肯定感の欠如。


和を乱しちゃいけない、みんなと同じでなければいけないという暗黙なルールに、


いつの間にか、自分が自分のことをどう思うかの前に、人にどう思われるか気にしている。


しかし、それも学校で小さい頃からインプットされていることだからというのが1つの大きな原因ではないかと。



本来は、テストの点数で頭の良さをはかるなんてナンセンス。


クラス全員に同じ教え方で全員が理解できるなんてありえないのに。


でも、いつの間にか、テストの点数が”自分の評価”になってしまう。


おまけに、学校で行われる授業のほとんどが、テストのための授業、受験のための勉強。


どこまでも型にはめようとするのだ。



そこにハマらなかったら落ちこぼれ。



それがそのまま、その人の自身に対するイメージになるということ。


ちなみに、思い出したんだけど、ブラジル人ってめっちゃちゃ自己肯定感が強い。


どこからその自信がくるのか不思議なくらい。


日本では、学校や仕事の面接などで、短気と長所をいうでしょ?


で、なぜかみんな短所はすぐ出るが、長所はなかなか出てこなったりする。



ブラジルでは、聞かれてもいないのに、自分からひたすら長所だけを話してるんですよ。


あ、映画「プラダを着た悪魔」で、主人公のアンディが最初に面接するシーンあるでしょ?あの時、ひたすら自己ピアールをしてるんだよね。


おもしろいよね。


親なんて、「うちのバカ息子」なんて絶対に言わない。呆れるほどの自慢大会。



本当に文化が違いすぎる!!




ああ、あともう1つめちゃくちゃ違和感があったこと!!


学校の「起立ー気を付けー礼ー着席」とか、「休めとか」
集会の時に列を必ずそろえるとか。


座り方までみんな同じであることも。


兵隊ですか?って思ったw


違和感しかなかった!


いや、でも真面目に、兵隊っぽいよ。


実際、戦時中の名残があるよね。


いや、明治時代か。


そこから、教育は大きく変わっていないと本でもよく読みますが、何年経ってるんだっけ?w


もっと”違和感”を持ったほういいよ、マジで。




列を揃える意味、前習えをする意味、気をつけをする意味、考えたことある?



本来、学校は兵隊を育てるように、指示に従う人を育てる場ではないはず。




しかし、実際組織や企業にとって、指示通りに動く人材が都合がいい。




そうなってくると、このスタイルを変えない方がいいってことになるよねー。



本当に、自分の身の回りに起きていることに目を向けて、知ろうとする心をいつまでも大事にしていきたい。



物事に、「なぜ?」と問いかけみる。これは本当に必要なことだと思う。



話は違う方向にいってしまったけど、本当は私が言いたいのは、



人にどう言われるかで、人にどう評価されるかで、自分を評価してほしくない。



あなたはもっともっと素晴らしい存在なんです!



会社で人格を否定される現実は確かにありえない。


でも、社長だって、上司だって、先輩だって、あくまで他人。


会社は他にもいくらでもある。


日本なんて、アルバイトでもいくらでも働ける。


ホームレスだって生きていける・・・。


正直、どうでもいい他人に、ペコペコする必要も、人格まで否定される必要もどこにもない。


1つの場所で、うまくいかなかったからって、別の場所に行けばいいじゃん。


やめたっていいじゃん。



私は、日本人の”礼儀正しい”ところがとても好きだけど、


根性とか我慢とか、”右ならえ”じゃ、苦しすぎる。



”多様性”の時代です、これからは。


みんな違っていいの。一緒じゃなくてもいい。



否定されたっていいし、共感できないなら共感しなくてもいい。


違う意見同士の人たちが仲良くなったっていい。


置かれた場所で咲けないのなら、別の場所で咲けばいいじゃん



咲ける場所なら、いくらでもあるんだし。



その花を咲かせる力は、平等にみんなちゃんと持っているから。 


植物だって、暑い場所でしか育たないもの、寒い場所だからよく育つもの、あるでしょ?


気候や土などなど、”どこ”に植えるかが大事。


北海道に、バナナを植えて、「置かれた場所で咲きなさい」ってひどくない?



人間も同じですよ。



しかも日本にいる私たちは、身を置く場所を選ぶことができるの、だいたい。



選べれるし、今の場所だってすでに選んでいるんだよね。



それが自分の人生を主体的に生きるってことだと思ってます!


”置かれた場所”なんてなくて、自分が身を置いている場所なんだ。


選択肢はいくらでもあるけど、多分そのことを知らないだけなんろうなって。


だから、もっと選択肢を増やしていけるような人になりたいって本当思った!



もう、これ完全に映画の感想じゃなくなってるけど、映画も映画として面白いので、ぜひ見てね〜。




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